ジャニーズ・春夏秋冬

話題のリリース!
KAT-TUN -NO MORE PAIИ- WORLD TOUR 2010 [初回限定盤] [DVD]

KAT-TUN -NO MORE PAIИ- WORLD TOUR 2010 [初回限定盤] [DVD]

  • 出版社/メーカー: ジェイ・ストーム
  • メディア: DVD

スポンサーサイト

-

一定期間更新がないため広告を表示しています


-|-|-|-

キムタクと「27時間テレビ」

日本テレビの「24時間テレビ」が、メインパーソナリティ・嵐によって放送されたばかりだが、エドはるみに注目が集まって、嵐が絶対的な主役というわけにはいかなかったようだ。

ところで、「24時間テレビ」といえば、どうしても木村拓哉のアレを思い出してしまう。

昨年7月28〜29日に放送されたフジテレビ恒例の、「FNS27時間テレビ」の中のクイズ番組「ネプリーグ」に木村拓哉が出演。小学生でもわかるイージーミスをやらかしたが、番組スタッフがそれに大慌てしたという「ジャニーズタブー」まるだしの事件が起こった。『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社)から引用しよう。

木村拓哉は、映画「HERO」PRの一環で松たか子、勝村政信、小日向文世、八嶋智人らと文字通り「HEROチーム」で参加した。ファイブリーグ2問目では松尾芭蕉の名俳句「ふるいけや かわずとびこむ ○○○○○」と出題。もちろん、正解は「みずのおと」だ。1人1文字ずつずつ答えるので、1字目を的中させなければならないキムタクは「み」と答えなければならなかった。

ところが、キムタクは「い」と答えて不正解。これ自体首をかしげるが、そのときのキムタクの言い訳は、今年の流行語大賞ものだった。

「『いけのおと』かと思った。オレ芭蕉派じゃないから……」

視聴者は笑うしかないが、番組スタッフは一蹴にして青ざめた。映画のPRで出演したキムタクに恥をかかせてならないのは当然わかっていたが、いくら何でもこんな簡単な問題で間違え、さらに「○○派じゃないから」との弁明で傷口を広げるとは……。いずれにしても、キムタクの失態が全国に流れてしまった。このままではスタッフの首どころか番組自体がすっ飛ぶかもしれない。

ところが、その後はうってかわってキムタクは模範解答を連発した。5つの言葉を一人ずつ順に言う「ファイブボンバー」では、「砂糖、塩、しょうゆ、こしょう、酢を英語で答えよ」という問いに、キムタクはもっとも難解と思われた「ビネガー(酢)」と即答。「徳川15代将軍の中で『家』のつく者5人」という問いにも、一橋徳川家から養子に入った歴史的には無名の11代将軍「家斉」を答えるなど、まるで別人のような名答を連発。結局チームは優勝して事なきを得た。

なぜだろう。
そのからくりは『ジャニーズスキャンダル調書』〈鹿砦社〉に詳しい。

◆リンク記事
キムタクの転機


キムタクの転機

ジャニーズ事務所一の人気タレント、木村拓哉の人気に陰りが見えているようだ。

先ごろ発表された昨年度CMタレント高感度ランキングでは、8年間守り続けた首位の座を明け渡し4位に転落。しかも、同じ事務所の後輩・長瀬智也の後塵も拝すという“屈辱”を経験した。

2000年に放送されたテレビドラマ『ビューティフルライフ』の平均視聴率は32.3%、翌年の『ヒーロー』はなんと34.3%を記録していたが、直近の出演作『CHANGE』では、最後のほうこそ20%をやや上回ったものの、結局20%の攻防しかできなかった。どう見ても、ひと頃の勢いはない。

現在のテレビ番組で20%取れれば成功、という意見もあるが、それは費用対効果を見たものとはいえまい。木村の作品は、視聴率や興行収入をとれるようなお膳立てをあらかじめ整えられている、よりコストのかかったものである。「月9」のような実績ある時間帯を選び、『華麗なる一族』のようにこれでもか、というほど豪華俳優を共演させ、前出の『CHANGE』では、『ごくせん』対策で何と放送時間帯まで変更してしまった。

映画も同様に、『武士の一分』は山田洋次という巨匠がメガホンをとっているし、『HERO』では呼ばれもしないのに「カンヌ国際映画祭」に駆けつけ、封切り前には製作したフジテレビはおろか、TBS、テレビ朝日といった他局まで巻き込んで大々的な宣伝を行った。

しかし、結果はどうだったか。

続きを読む
 

ジャニーズタレント・最近の「お泊まり熱愛報道」

岡田准一と蒼井優の「お泊まり熱愛…相合い傘お買い物&ディナー(スポーツ報知)」が報じられたばかりだが、『ジャニーズ恋愛相関図』(鹿砦社)で、ここ最近の「お泊まり熱愛報道」を調べてみた。

木村拓哉がカオリンと9年ものあいだ交際していたのはファンなら誰でも知っていることだが、その間、木村がカオリンひとすじだったのかと言えば、結構手広く遊んでいたらしい。ちょうどこの頃、木村と交際していたという女性・A子さんが「結局、私もカレにとっては“その他多勢”のうちの一人だったのかも知れません」(『FRIDAY』1996年2月16日号)と告白している。

中居正広の風俗好きが広く世に知られるようになったきっかけが、今から10年前の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」。中居がノーパンしゃぶしゃぶ嬢のアパートを訪れ、一夜をともにしたと写真誌に報じられたのは1997年11月。アパートに着いたのは夜中の1時頃、部屋を出たのは午前11頃だったという。中居は記者会見で「複数の人間が集まってパーティーをしていただけ」と釈明したが、誰もそんなことは信じちゃいなかった。

1996年6月、稲垣吾郎と宝生舞との3泊5日バリ旅行を写真誌がスクープ。リゾートホテルのプライベートビーチでデッキチェアに身を預けくつろぐ様子や、コンパクトカメラでお互いを取り合う様子が激写された。成田空港での取材に稲垣は「テレビの収録の合間に5日間、休みがあったんで友達と……ね。ボクはこういう立場だからある程度、撮られても仕方がないけど彼女は可哀想だから」(『FRIDAY』1996年6月28日号)とコメントした。

SMAP最年少、といってもすでに三十路を超えた香取慎吾には、長年つきあっている恋人、A子さんがいる。彼女との熱愛が初めて報じられたのは1996年12月。2歳年上のA子さんが住むマンションに、香取が週1回のペースで“お泊まり”していると『FRIDAY』(1997年1月10・17日号)が報じた。

長らく牧瀬里穂との交際が取り沙汰されていた東山紀之に、深田恭子の“通い妻”が発覚したのは1999年11月。『FRIDAY』(2000年1月7・14日号)では、「誰もが信じられなかった“年齢差16歳”熱愛」と題して、深田が東山の部屋を訪れる写真を99年下半期のトップスクープとして掲載している。

堂本剛の初ゴシップといえば、「堂本剛の自宅から山口紗弥加がチョー変装朝帰り」(『FRIDAY』2001年4月16日号)だろう。帽子を深くかぶり、マフラーをぐるぐる巻いて、小走りに剛の部屋から「朝帰り」する山口の写真が2カット掲載されている。

2002年6月、松岡昌広の“通い同棲”生活が『FRIDAY』にスクープされた。相手は添田めぐみ。巨乳タレント事務所として名をはせた「イエローキャブ」に所属していたセクシーアイドルだ。「帰りが遅くなると、怒られるんですよ。だから、いつもカレが帰宅する直前に、私も部屋に戻るようにしてるんです」(『FRIDAY』2002年7月12日号で添田)

城島茂は、森下里美との交際が知られるが、レースクイーンに目がない城島はただちに後釜が見つかった。仁見である。森下との結婚話が出たのが2003年の夏。この話は立ち消えになったが、秋にはもう仁見と知り合っている。なんという早業。何人もの女性と浮き名を流してきた城島ならではのテクニックである。

三宅健が安室奈美恵との交際を取り沙汰されたのは、2003年7月11号の『FRIDAY』である。2人が安室のマンションからペアルックで出てきた所を激写されている。記事には、週2〜3度のペースで訪れていることや、2人が知り合ったのは、まだ安室がSAMと正式離婚する前で、皮肉にもSAMがV6の振り付けをしていたことなどを記している。

『FLASH』(2006年7月31日号)には、瀬戸朝香のマンションのベランダで、プランターのナスやプチトマトバジルなどに水をやっている井ノ原快彦を撮った「同棲写真」が掲載された。井ノ原は「真剣につきあっているよ。隠すつもりはない」と答えている。「熱愛報道」中、唯一のゴールインカップルだ。

KATーTUNの赤西仁と加藤ローサもあった。『フライデー』にキャッチされ、「日刊スポーツコム」(2007年7月27日)などで報じられた。同誌によると、加藤は俳優玉木宏と家族ぐるみの交際をしていたが、今月に入って赤西と親密になり、赤西が加藤の自宅マンションに車で頻繁に訪れているというもの。「もっと遊びたい」加藤が、“重い”玉木から“軽い”赤西に乗り替えたことによるとされる。

井ノ原快彦と香取慎吾以外は、すでに過去の話である。さて、岡田准一と蒼井優はどうなるだろうか。

ジャニーズタレントの恋愛歴は、『ジャニーズ恋愛相関図』(鹿砦社)に文字通り恋愛相関図つきで解説されている。相関図からは、意外なカップル誕生の理由が見えてくる。

◆リンク記事
ジャニーズタレントたちのトラブルは何が原因?


キムタクに完勝した山田洋次監督

-
『芸能スキャンダルという快楽』(鹿砦社)というムックが28日に発売された。その中に「テレビをダメにしたジャニーズ事務所」という読み物がある。木村拓哉が「武士の一分」という山田洋次監督の時代劇に出たときの話が書かれている。 「男はつらいよ」で巨匠の仲間入りをした山田洋次監督が、あのジャニーズ事務所のタレントであり、護送船団方式で護られた“スター”をどう扱うのかが注目された作品だ。
 映画『武士の一分』での出来事だった。この映画を撮ったのは『男はつらいよ』を撮り続けた山田洋次監督である。その山田監督からのお声がかかったキムタクこと木村拓哉は映画初出演でもあった。  山田監督とキムタク。山田監督は日本を代表する監督だとすれば、キムタクはさながら日本を代表するスーパースターということになろう。かつて映画『影武者』撮影では、黒薄明監督と日本一のB級スターの勝新太郎がぶつかったことがある。お互いに譲らない気骨のある監督と俳優だけに、案の上、激突して勝新が映画を降りることになつた。  果たして山田監督とキムタクはぶつかったのか…。実はぶつかっていた。まずキムタクのスケジュールのために山形ロケをできなかったりするなど山田監督は譲りに譲った。俳優のスケジュールに合わせてスケジュールを調整することなど、かつて山田監督には全くなかった。だが監督はキムタクのスケジュールに合わせたのだ。  そしてキムタクは、現場では、山田監督にアイデアを出した。例えば剣の先にトンボが留まるシーンなど次々とアイデアを出し、山田監督も撮影に応じた。山田監督は柔軟である。人と喧嘩をしたという話を聞いたことがない。キムタクのアイデアを全て取り入れて撮影をした。  映画は完成した。だが、キムタクのアイデアのシーンは全く使われていない。山田監督はキムタクのアイデアを一切無視した。この映画は、山田監督の作品でありキムタクの作品ではない。キムタクは俳優という素材にしかすぎないのだ。  キムタクは文句ひとつ言えなかった。そして山田監督も黙して語らずだが、今後キムタクを使うことはない、というのが映画関係者の一致した見方でもある。山田監督の完勝だった。
その稿はさらに、「今、テレビ局に山田監督のような真似をできるだろうか」と書かれている。巨匠・山田洋次と、替えがいくらでもいるテレビ局のスタッフでは比べるべきものではないかもしれないが、テレビに「長いものには巻かれよ」という発想があることは間違いない。 ジャニーズ事務所について関心のある方なら、『芸能スキャンダルという快楽』(鹿砦社)は一読の価値がある。なお、木村のテレビや映画出演を巡るトラブルや裏話などは、『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社)に詳しい。 ◆リンク記事
ジャニーズタレントたちのトラブルは何が原因?

V6、岡田准一、森田剛

ジャニーズタレント・V6関係のニュースが相次いで配信された。ひとつは岡田准一の熱愛情報である。
V6岡田 蒼井優自宅でお泊りデート 8月29日7時2分配信 スポーツニッポン  V6の岡田准一(27)と女優蒼井優(23)の熱愛2ショットが、29日発売の写真誌「フライデー」にキャッチされた。2人は蒼井の自宅まで相合い傘で帰路に就くなどラブラブ。05年にドラマで共演して以降も熱愛の噂があったが、最近になって真剣交際に発展した模様だ。  同誌によると、2人は今夏、蒼井の自宅マンション近くのスーパーで買い物。買い物袋をぶら下げて相合い傘で帰路に就く様子をキャッチされた。買い物をする際は時間差をつけて入店。2人で手を重ね合い1本の傘を持ち、時折腕を組むなどラブラブなムード。そのままマンションに入り、一晩を一緒に過ごしたという。  2人は05年に放送されたTBSのドラマ「タイガー&ドラゴン」で共演。以降、たびたび熱愛の噂が伝えられてきたが、スポニチ本紙の取材では交際に発展したのは最近。以前は友人らを交えての付き合いだったが、関係者は「ここ数カ月の間で急激に進展した」と証言した。  岡田の所属するジャニーズ事務所は「プライベートのことは本人に任せていますので、コメントは差し控えさせていただきます」と説明。蒼井側は「ドラマで共演して以来、友人として親しくさせていただいていると聞いています。プライベートのことについては23歳になってもう大人なので本人に任せています」と否定せず、事実上交際を認めた格好だ。大物カップルの今後に注目が集まる。
岡田准一といえば、1999年11月に『FRIDAY』にスクープされた優香とのアレを思い出す。夜の11時20分、自宅マンションを出て、岡田の車に乗り込んだ優香は、その後4時間も車中で過ごしたというのだ。木枯らしの吹く季節、優香はグレーのコートを着ていたが、車内右側の後部座席に乗り込むなり、そのコートを……。 この逢瀬は『ジャニーズ恋愛相関図』(鹿砦社)にかなり詳しい。 そして、もうひとつは事故のニュースである。
V6コンサート衣装積んだトラックが全焼 8月29日9時38分配信 日刊スポーツ  全国ツアー中のV6の衣装を乗せたトラックが今月4日に全焼していた。所属事務所によると、4日午後9時ごろ、岡山県内の一般道沿いのドライブインで運転手が休憩していた際、トラックから火が出たという。出火原因は不明。11トントラックには、コンサート用衣装約300点、靴60足などを搭載。3日に大阪公演を終え、次の公演先の広島へ向かう途中だった。  この日は東京公演を東京・代々木第1体育館で開催。全焼で衣装の90%を焼失したため全部作り替えたという。衣装をすべてプロデュースした森田剛(29)は「こんなことあり得るんですね…」。蒼井とのツーショットを撮られた岡田は「上の方まで行きますから」と元気よくあいさつしたが、蒼井との件に触れることはなかった。また、森田が10月25日から初のソロコンサートを行うことが発表された。
すぐに作り替えて間に合うところが凄い。これまでのジャニーズ事務所の事件やアクシデントは、『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社)に詳しい。 ちなみに、森田剛は妃今日子とのことが一部マスコミを賑わせたことがある。森田剛と妃今日子のアレは、『ジャニーズイミダス』(鹿砦社)に詳しい。同書では、妃今日子のコメントや当時の報道などを検証している。興味のある方はご一読をお勧めする。 ◆リンク記事 ジャニーズタレントたちのトラブルは何が原因?

キムタクには王道を歩ませろ!

木村拓哉がブレイクしたのは、1993年の「あすなろ白書」(フジテレビ系)というドラマである。その後も、何だかんだといわれながら主演作を重ねてきた。事務所のバックアップだろうがアイドル人気だろうが、とにかく俳優として実績作ってきたのは事実である。

あおきひろしの『ボクの夢はキミたちが描く夢』(メタモル出版)によると、それは「端整な顔立ちと時折見せるいたずらっぽいまなざしが、多くの女性の心を虜にしていることは想像に難くない」のだという。

以下は同書に書かれているジャニー喜多川の告白である。

 あれはSMAPを結成する少し前だから、木村が一五歳ぐらいのときだったと記憶している。蟻川幸男さん演出の『盲導犬』という芝居のオーディションがあったんだ。僕は彼に受けてみないかと勧めてみた。彼がその当時から芝居をやってみたいと思っていたのは知っていたし、僕も彼にその素質があると思ったからだ。
 それこそ何の基礎もないわけだから、“受かる”という勝算があったわけではなかった。木村にしたって、芝居のオーディションを受けること自体初めての体験なんだから、「ダメでもともと、やるだけやってみよう」という感じだったかもしれない。それが、見事に選ばれた。彼の積極的な姿勢と、生まれもった何か……演出家なり芝居のプロに、この子を使ってみたいと思わせる何か……が、彼の道を切り開いたんだと思う。
キムタクは何を演じてもキムタク、などと言われているが、専門家から見ても使ってみたい俳優としての素質や魅力があるのだろうか。しかし、それならジャニーズ事務所も、木村拓哉には役者としての王道を歩ませるべきではないのか。

『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社)には、木村拓哉の俳優としての迷走や暴走について書かれている。

2006年10月の「第19回東京国際映画祭」で、ジャニーズが日ごろから付き合いのある松竹に伝え、批判的なメディアを排除。木村拓哉はレッドカーペットを歩かなかった。

2007年2月に授賞式が中継された「第30回日本アカデミー賞」で、木村は主演男優賞のノミネートを辞退した。ジャニーズ事務所では、「木村に限らず、うちはレコード大賞や各音楽祭など、賞レースというものを十数年前からやっていません。映画も同じで、辞退は今に始まったことではないのです。それに映画はあくまで監督のもので、受賞はおこがましいのです」とコメントしている。

しかし、映画賞は所属事務所の力関係を審査して受賞者を決めているわけではなく、作品は主演だけのものでも監督だけのものでもない。受賞は全スタッフ、キャストを代表するものであり、木村個人の都合や裁量で辞退を決めることに対しては批判も少なくなかった。

「カンヌ国際映画祭」では、「HERO」の押し売り的宣伝で顰蹙を買い、逆に海外での知名度のなさを露呈してしまった。ビートたけしからもこんなふうに言われる始末。

「聞けば木村拓哉は呼ばれてないのにカンヌに行くんだろ。勝手にブース作って参加しちゃうんだろうけど、何だかなぁ」(「東京スポーツ」2007年5月22日付)

同作はヒットしたと言われるが、一方では空前の大宣伝の割に、「打倒」を掲げた「踊る大捜査線 THE MOVIE2」の半分の興行収入しかいかなかった。

「武士の一分」は木村が主演した作品であるが、映画公開に合わせて文藝春秋社から発売された原作本である藤沢周平の『隠し剣秋風抄』には、推薦のオビに木村の名前だけで写真が掲載されていない。昨今行われている、主演の推薦文と写真を載せて映画公開と合わせて文庫本を発売。映画もヒット、本の売り上げも伸びるという相乗効果の手法をぶち壊した。原作あっての映画なのに、自分勝手のそしりを免れない。

これは、文藝春秋社の『週刊文春』が、ジャニー喜多川の少年セクハラ記事や、稲垣吾郎の逮捕を巡る記事を書いたためといわれている。繰り返すが、映画作品はいくら主演をつとめた者だからといって、勝手に引き回せる専有物ではない。オビの写真掲載が原作本とともに映画の宣伝でもある以上、出演者としてその役割を全うする責任がある。

こうしたトラブルは木村本人というより、事務所の意向であろう。しかし、いずれにしても「話題作」「ヒット作」を抱えながら木村がやらずもがなの迷走をしているようにも見える。

木村には、業界からもファン以外の視聴者からも、支持され納得してもらえるような王道を歩んでいただきたいものである。

◆リンク記事 ジャニーズタレントたちのトラブルは何が原因?


中居正広がスポーツ番組に進出した功罪

オリンピックが終わり、戦績や選手だけでなく、中継にかかわった芸能人達も批評されている。

演芸評論家の吉川潮は、相武紗季、浜田雅功とともに中居正広を名指しで「ワースト3」と批判。「中居は野球しか興味がないようで、他の競技とは明らかにテンションが違った。野球の時はやたらとうるさくヘキエキした」(「日刊ゲンダイ」2008年8月27日付)と記している。

「東京スポーツ」(2008年8月27日付)でも同様のことが書かれている。

 TBSの中居正広(36)の口から出てくるのは“野球”の2文字だけだった。「台湾戦生中継の時に突然、前日の巨人対中日戦について語りだしスタッフを右往左往させた。さらにフジが中継した韓国戦に夢中になり、同時間帯にTBSが放送した陸上には一切顔を出さなかった。ジャニーズの意向もあって誰も注意できなかったらしい」(テレビ関係者)
中居正広が野球関連番組の進行役として登場したのは、1995年10月から『サンデージャングル』(テレビ朝日系)というニュース番組が最初である。あおきひろしの『ボクの夢はキミたちが描く夢』(メタモル出版)によると、それは本人がある時期「スポーツキャスター」を目指していたため、その仕事を強く希望したという。

以下は同書に書かれているジャニー喜多川の告白である。

 SMAPの人気が上昇してきたこともあって、『サンデージャングル』に中居を売り込んだ。しかし、局側は引退したプロ野球選手の起用を予定していて、意見が分かれた。いまにして思えばだが、僕は無理やり押し込むわけにはいかないと思っていたから、局がそういう意向なら……という気持ちになっていたのかもしれない。それが“中居でいく”と決まったのは、本人の熱意以外の何ものでもなかった。
 彼は局のプロデューサーたちに向かって、
「野球評論家とか、そういう専門家の目ではなく、僕らアマチュアの目でプロ野球をいろんな角度から見て、それに対する疑問をぶつけていきたい」
 こんな趣旨のことを熱弁したんだ。
それが、プレーそのものではなく、ブレーの“盛り上げ方”で演出するという、昨今の中継番組の根本的な退廃につながっていったという弊害は指摘せざるを得ない。

ただ、歌や芝居の他にそうした方向性に道をつけた中居正広は、タレントの側から見れば売り方としてエポックメーキングだったといえるかもしれない。

◆リンク記事中居正広クンのアレで改めて議論が沸騰!


Copyright © ジャニーズ・春夏秋冬 All Rights Reserved.
当サイトのテキストや画像等すべての転載転用・商用販売を固く禁じます
Designed by SEOテンプレートKAETEN